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パニック障害の改善例・手記
 =自己洞察法によって症状が改善した事例

 アメリカで盛んになっている新しい心理療法(マインドフルネス、アクセプタンスを中心とした「自己洞察瞑想療法」)で、パニック障害が改善した方から、手記が寄せられました。
 同じようなことで、悩む人に役立つならば、自分の体験を発表してもよいということですので、ここに、掲載させていただきます。(埼玉メンタル・カウンセリング協会はマインドフルネス総合研究所の前身です。)


「パニック障害の改善例・手記」 (前編)

 薬物療法では治らなかったパニック障害で、面接前にあった症状がほとんどなくなって改善されたのは、貴重な例である。  


1)症状の現れ

(-5)年】
初のパニック発作。(歯科医院か、バイト先のファストフード店で)

症状=強い吐き気、冷や汗、動悸、いたたまれなさ(逃げ出したい気持ち)。

発作がない時でも、胃の不快感、下痢、頭痛が起きるようになった。
※(-11)年より主人の両親と同居を始める。同居のストレスとバイトを始めた忙しさで心身はかなり混乱状態であったのに、それに気付かなかった)

(-3)年】
バイトの時だけ症状が強い状態が続いていたが、そのうちちょっとした外出でも発作が出るようになる。夏に初めて心療内科を受診。
これ以降、6カ月ほど2週おきに通院。トレドミンやデパスを処方されるが、全く効かない。もう通院するのも苦しく、「薬をもらいに行くより家にいるほうがマシだ」と思い、これ以降、ほとんど引きこもり状態に近い状況へ。
最低限の家事をこなすだけで精いっぱい。 横になっていても動悸は治まらず、吐き気は四六時中襲う。うつ状態になっていった。

しかし、「これは、自分の今までが間違っていたという示唆だ」
「この解決方法は仏教関係の中にあるに違いない」
という確信もあった。根拠は全く分からないが・・・。

(-2)年】
体調が少しマシな時、インターネットで仏教関係、心理関係などのページを読み、自分に合う所を探し続けた。
また、引きこもってもできる仕事ということで、自宅でできる仕事の勉強を始める。 しかし、つらい時間のほうが多かった。
(-1)年】
些少ながらこうした収入も入るようになり、大きな自信になった。
しかし、まだまだ体調はひどい時のほうが多く、どうやって日々を過ごしていたのか、実はあまり思い出せない。駄目な時は駄目、動ける時に何とかやっていたんだろう、としか言えない。





2)カウンセリングに行ってみる

【初来訪の年=(0)年】12月
外出恐怖、あがりなどはかなり残っている。
カウンセリングに初めていった頃の状況は、こうだった。(注1)

発作が起こるのを不安に思うので、次のような場所に出かけたり、人にあうことをなるべく避けている状態だった。
以前会っている時に、発作が起きたようなことがあった人には、会いたくなかった。避けていた場所は、スーパー、人通りの多いところ、駅、地下街、電車、飛行機、エレベーター、美容院、歯医者などだった。
 一度座ってしまうと、退室したりすることが困難な状況になる会議や講習などの場も避けていた。(会議と講習では、一度、ものすごい発作の症状を我慢した経験があったので、かなり避けたい場所だった)。しかし、どうしても参加せざるを得ない場合は、わざと出口に近い場所に席を取るなどしていた。そうすると、「気分が最悪になった場合にも出ていきやすい」という安心感が生まれ、少しはマシな気持ちになれたからである。その経緯から、「映画館、コンサート」なども避けたい場所として後に加わった。
人が多い場合でも、入退場が自由な感じの場、例えば動物園や何かのイベントは、自分の気分が悪くなったからといって、周りの人が気付く可能性が低いし、私がトイレに行こうと、しゃがみ込もうとあまり問題にならない。自分自身もどこへでも自由に移動ができる。だから、どちらかというと気が楽だ、というところが大きな特徴だったと思う。
スーパーやどうしても外出しなければならない時には、出ていくが、つらかった。 外では勇気がなく、なかなかできなかったので、例えば、立ったり歩いている時ならば何とかしのぐしか方法がなく、また、スーパーなどでは商品を探すふりをして、しゃがみ込むことによって気分の悪さを軽減しようとしていた。

 以前から気になっていた埼玉メンタル・カウンセリング協会に連絡を取ることにした。 このHPになぜ興味を持ったかとういうと、「うつ カウンセリング 仏教」という語彙で検索して、上位にヒットした記憶がある。 そのHPを読んでみると、東邦大学の有田教授によるセロトニンについての研究にリンクしたりして、とても納得することができた。 早速、有田教授の著書を取り寄せ、自己流ながら、坐禅の呼吸法(腹式呼吸法)を試してみる。稚拙ながら自ら試してみると、とても落ち着くことができた。「これはやはり正しい方法なのだ」という思いが強くなった。
 また、こういう心の病になった者は、「なぜ、自分がこういう心の病になったか」と、疑問に思うものだ。「結局、自分が精神的に弱いからだ」というのが答えだとしたら、もうそれ以上には進めないし、その先には「自死」という言葉もあり得ると思う。しかし、このカウンセリングではそのようには言っていない。そこが救いだった。

 先生の所に通うのには、まだまだ外出恐怖との戦いはあったが、「これをクリアしなければ私は治ることができない」という確信もあった。思い切って、カウンセリングを受けに行った。 そして実際に坐り、呼吸法の指導をしていただくと、自分だけで実践していたのとは比べものにならない落ち着きが生まれ、とてもびっくりした。

「今、この『今』はどうですか? 何もつらいことはないですよね?」と、先生。 「そうだ、確かにそうだ、」と思った。 「『つらい、苦しい』と『今』は思っていない」。

 非常に哲学的、宗教的な物言いなのかもしれない。「でも、確かにそうだ」と私は納得した。 「そうだ、その通りだ。これがずーっと継続すればつらくはない」。その「つらくはない今」を持続できれば、「私は治ることができる」と思った。そして、その状況は、「呼吸法、坐禅、日常の注意によって培っていける」と確信した。確かで明るい希望がやっと見えてきた。

 自分でできる呼吸法、坐禅、自己洞察法、日常の行為(歩くとき、食事のとき、家事を するとき、お風呂のとき、家族と過ごすときなど)で注意するべき点を具体的に教えて いただいたので、家でもできる限りやってみた。坐禅は毎日とはいかないが、できる時 は30分ぐらい頑張って坐った。うまくいく時といかない時があったが、あきらめずに 根気よく続けたことが良かったと思う。うまくいく時は、非常に穏やかな心境になるこ とができた。なぜなら、過去の嫌なことや未来の心配などで引き起こされる不快な感情 をとにかく捨てる、つかまえない、という方法が非常に効果的だったからだ。






3)症状が少しづつ改善


(1)年】初夏
 このころ症状が悪くなることもなくなった。実家の父が大手術を受けた。かなり難しく危険な手術だとドクターが言われていたので、覚悟する部分もあり、かなり精神的にこたえた。手術当日は、早朝の電車の中でパニック発作がおきないよう、呼吸法を実践して乗り切り、手術中も待合いで、いすに掛けた姿勢のまま瞑想していた。そのおかげで、大きな発作に悩ませられることなく、何とかもちこたえられた。
 PTAの会合があり、自己紹介らしいことがあったが、以前のように、吐き気によって中座することもなかった。

(1)年】夏
 「もう何があっても大丈夫」というところまでは達していない。外出は、「やや億劫だな」と思うけれど、出掛ける。人前での発言は、「ドキドキするけど」、「あがっているからそれが周りにわかってしまうだろうけれど」取りあえず発言する、というところだった。動悸と緊張に対する嫌な感覚はまだ残っていた。

(1)年】夏
 カウンセリングに行った日は、外出不安が無い状態で行くことができた。この頃には、長年、悩まされていた下痢、頭痛がなくなった。スーパーでは、発作は起きない。吐き気が起きそうになると、呼吸法を行うと、発作にまでならない。だが、まだ、あまり外出しない。

(1)年】秋
 月1回くらいのカウンセリング。
この頃には、避けている場所は、ほとんどなくなった。だが、まだ、美容院と歯医者が苦手だった。発作がない時にもあった、下痢、頭痛、のどがつまった感じ、動悸、疲れやすさなどが解消した。
 パニック発作らしきものは起こらずに済んでいた。「このくらいのストレスだと発作が起きるんだな〜」というレベルがわかってきたので、予測をつけて腹式呼吸を事前にしたりすることによって、防げているのだと思った。でも、この頃は以前に比べてそのストレスレベルが高くても大丈夫になってきた。 それまでは、急な仕事を受けると発作が起きるかもしれないという恐れから自信がなく、引き受けられなかったのだが、段々と自分に自信がもてるようになってきた。

(1)年】秋
 ほとんどパニックの症状が出なくなり、仕事の電話をもらって、商談に行くことになったが、以前、今年の3月にも同じように出掛けたときは、大変な思いで行った。今回はまるで正反対の、まるで鼻歌交じりの気分で商談に臨めた。自分の変化が本当にうれしかった。

 PTAの会議(校長や教頭も参加)なども、以前のように苦を感じず、自分の担当部分の発言(少しだが……)も落ち着いてできた。

 どこか体自体が不調だったり、天候の不順などで、「落ち込んでいるな」と思うことがあっても、そのときにもうパニックの症状は出なかった。

 この年の晩秋に同居の義父が急に他界。ただ、そのショックも先生の的確な助言があり、末期的なパニックに陥ることなく切り抜けられたことは大変意味深いことであったと思う。 しかし、これを機会に忙しくなってしまい、通うことがほとんどできなくなったが、より一層信頼感を増したことは事実である。また、私自身、つまらないことで怒ったり、思い悩んできた性格であったことに思い至り、死生観なども全く別の視点で考えてみるきっかけとなった。

4)発作のことを忘れるほどに改善


(+2)年】春
 従来、発作をおそれて、発作が起きるようになってから、家族旅行をしたことがなかったが、この年春、久しぶりに、家族で旅行に行った。発作は起きなかった。

 生活上、仕事に専念しなければいけない状況などがあり、ほとんど先生のもとへ行けない状況であるにもかかわらず、教えていただいた呼吸法、自己洞察などを思い出しては時々実践し、それに基づいて内観を試みたりしていた。

5)ずっと実践が大切

(+2)年秋】
 すっかりパニックも出ず、自分の心の癖なども把握し、自分ではもう大丈夫だと高をくくっていたところ、ある人の思わぬ言葉による攻撃に遭い、またパニックが軽く再発(吐き気、動悸、冷や汗)、大変驚く。2、3日、怒り、嫌悪が渦巻き、外出したくなかったが、呼吸法を行って、落ち着き、2週間後には、その人とあっても、何ともなかった。
 カウンセリングに行き、先生に話を聞いていただき、安心する(注2)。「まだまだ安心してはいけない」と、心を新たにした。
 その後、呼吸法などを実践して、発作は起きていない。また、以前のような、回避する場所も、特にない。


(注)大田のコメント

 このように、薬物療法では治らなかったパニック障害が改善された貴重な例である。本人の、呼吸法などに取り組む熱心さがあれば、予期不安、広場恐怖などが解消して、パニック障害は、ほとんど完治するといってよい。少し、付け加えておきたい。